はるぱり日記

東京パリカのブンガク恋慕 ーー 遙カ成リ巴里 vol. 21

これまでのいろんならくがきも投稿することにきめた🍥

 

らくがきをちょいちょいするのようになったのは二〇〇八年年の十月末にひさしぶりにおもいたって数枚かいて以来だ。今は二〇一八年だから、あいだにほとんどなにもかかない時期は多くあるにしても、十年が経つことになる。

 

そのまえにも、だれかにかくメッセージにちょっとらくがきを添えるようなことはしていたけれど、いつのまにかに、らくがきするきもちがきえてしまった。たぶん二〇〇〇年ごろには、らくがきはほとんどしなくなっていたとおもう。

 

二〇〇八年というのは、パソコンを前にじっとして過ごす論文執筆のための作業をしていたころだ。わたしはパリの五区でのアパルトマン暮らしをすでにはじめていた。狭い部屋に大きなテーブルを置いてデスクとし、食事もその上で席を変えてした。背後にはベッド。暮らす場所がまるごと書斎だった。

 

パソコン作業の合間に、息ぬきに四角いポストイットを、MacBook Proトラックパッドの右サイドのスペースにはりつけてらくがきした。らくがきする気になったきっかけはまるでおもいだせないけれど、そのときかいた絵は残っていてどこかにしまってあるし、よく覚えている。ポストイットは、まえに住んでいた人が部屋に残していったものだった。業務用のようにたくさんあったので、捨てずにそのまま使うことにした。黄色いポストイットだった。

 

ブログの更新が滞らないように、以前かいたらくがきもどんどん投稿することにしようとついさっき、おもいたってきめた。

 

二〇〇八年から今日まで、わたしの絵は変化している。

 

ちょいちょいらくがきはしてきたけれど、絵の練習をちょっとでもしようとおもったのは、今年がはじめてだ。

 

ふらんす』という白水社の月刊誌に自分のかいたものを載せてもらえるようになって、とってもちいさく載せてもらっているだけだけれど、もうすこしうまくなって、イラストレーターみたいなことをしてみたい、なんて、隠しておいた欲がでたのかもしれない。

 

でも、絵の練習はむずかしい。けっきょくなんとなくかいておわりだ。

 

なんとなくかいておわり、というのにすこしなにかを加えながら、これからも、らくがきくらいしつづけたい。

 

 

 

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2012年10月12日

このひとたちは果たしてどういうかんけいで、なにがあって、どういうことになって、こんなふうにしているのか、いろいろおもいをめぐらせることができるから、すきな絵。